イチヂク建設とはなにか。前編

小野工場長です。

今回は私の個人的活動である「イチヂク建設」について語らせてもらいましょうか。
中々の長文になりますので前後に分けることにします。

イチヂク建設の話をするためには4年前の2017年7月に遡る必要があります。

当時私は紆余曲折あって入った金型工場で惨めな日々を過ごしていました。
5月に部署替えになり、平面研削盤と格闘しながらもさっぱり成功せず、毎日練習しては失敗ばかり、まったくもって自分に自信がなくなっていました。

そんな時、当時の交際相手であった妻にサバイバルゲームがしたいと言われました。
学生時代にバイト代をはたいて一丁エアガンを買ってはいたのですが、持っているだけでさっぱりゲームなどには参加していなかったので、いい機会だと二人で始めることにしました。
そこからの詳細は割愛しますが、日向ゼミ長の友人の紹介からチームに入り、どっぷりと沼に入り込み、サバゲー仲間も増え、秋が訪れる頃には月に5~6回はサバゲーフィールドに通う程になっていました。

そして12月、設計への部署替え後も練習と失敗ばかりですっかり嫌気が差して工場を去ることにしました。メンタル的にもだいぶ落ちており、サバゲー以外には何をするにも気力がわかないほどでした。

どうするかも決めていませんでしたが、すぐにサバゲー仲間から声がかかりました。
彼は屋外デビューの時に知り合ったチームメイトでしたが、職業訓練関係にツテのある人物で、建設業のベテランでした。
彼からの紹介で受けた建設業の職業訓練でしたが、修了後はどこかの事務員にでもなってそれなりの生活をしていこうと考えていました。

ところが、ともに訓練を受けた人たちとの交流や、重機のトレーニングをした会社さんでの経験、講習で資格を取るうちに、この世界で生きていくのも一つと考えるようになりました。
訓練を終了した後、先のサバゲー仲間からとある会社の土木部門をを紹介されました。
正直言って土木屋の仕事などやれるような大直も筋力もありませんでした。しかし、未だ自分自身に何の自信を持てなかった私は「自分というものがわからないのだから人に流されてみるのも一つの手」「その結果がどうなろうとも自分で責を負う」と決め、そこに入社しました。それが今の勤め先です。

今回はここまでにしておきましょうか。お付き合いいただいてありがとうございます。
次回は2019年8月から話を進めて行くことにします。

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